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紳士的賭博観測記録
神出鬼没の変態紳士「やまさん」が贈る脳汁全開コラム。日夜「取材」と称しホール徘徊に勤しむ高純度のスロ中毒者。もしかすると、今夜あなたのホールに訪れるかもしれません。
「紳士的賭博観測記録」 vol.38(07.02.02 UP!)

【物より思ひ出】

6年前の暑い日、俺達は単車で走行距離1,000kmのペア・ツーリングをしていた。

そう、ペアということは「二人乗」だ。単車に跨がったことのある者なら容易に想像できることだが、ソロと比較してペア・ツーリングの疲労度は半端なものではない。

約2倍にまで増加する乗員重量に伴い単車の取り回しもシビアになり、加えてパッセンジャーを思い遣る必要に迫られるため、注意すべき要素も自ずと増えていく。

加速、減速、旋回はもちろんのことだが、路面の凹凸なども視野に入れ慎重な運転をしなくてはならない。四輪ならば、その高性能サスペンションによりある程度の衝撃は緩和されることだろう。しかし、二輪のサスの性能はそんなに褒められた代物ではない。

幾度となく掘り返し、そして埋め直された「継ぎはぎ」だらけの舗装道路や、たかが段差数cmのマンホールの窪みでさえもライダーには頭痛の種だ。衝撃に胃が痛くなる度に、杜撰な仕事しかできない業者に憤りを覚えるものだ。もはや「業」とは呼べないのではないのか、と。


単車乗りとはイカレた生き物だ。単車に乗り続けることにより自然とイカレてくるのか、それともイカレているから単車を欲するのかは分からない。どちらでも構わないし、恐らくどちらも間違ってはいないのかも知れない。

4人、5人、6人…。エアコンも完備され、家族や友人達との会話に花を咲かせながらのドライブ。音楽、テレビ、映画、飲食だって思いのままだ。エアバッグなどの安全装置も充実している。目まぐるしい進歩により手に入れた快適と安心。四輪という乗物は素晴らしい。だからこそ多くの人間に愛されているのだろう。

しかし、青すぎるほどに青い時代を生きる少年は、車輪の数が半分しかない乗物に惹かれる。機能性、快適性、安全性…、四輪の持つ何もかもが半分にも満たない頼りない存在に、剥き出しの身体を預けようというのだ。

荷物を積み込むスペースなど無く、タバコ2箱分ほどの車載工具ボックスがあるだけ。急激な天候悪化への対処法は、ただそれを受け入れるだけ。身体をガードするものは、着用しているヘルメットと身に付けている衣類だけ。

二輪は、道具と呼ぶにはあまりにも未発達で、交通手段と呼ぶにはあまりにも危険な乗物だ。そして、黒い残像が焼き付いた二輪の歴史も重なっているためか、忌み嫌う者も少なくないだろう。

だが、いや、だからこそ少年は惹かれていったのではないだろうか。四輪に、そして大人に唾を吐きながら疾走することが、得体の知れない苛立を紛らわす唯一の自己表現だったのかも知れないし、ただ単に自転車よりもラクだったことが嬉しかったのかも知れない。


周りには様々な毛色のライダーがいた。

日夜峠を攻め続け、バンク角に酔いしれるレーサー気取りがいたが、仲間を事故で亡くし、その後ヤツの空冷エンジンの叫吠は街から消えた。

週末がやって来る度に自慢の違法改造車で現われる族気取りと、深夜の駅前通りを轟音と共に疾走した。しかしその後、互いに通じ合う友が失踪してから音信不通だ。

他にも、幾人かの仲間がいたが、今では大半の人間が降りていることだろう。

「大人になったら、結婚したら降りなきゃ駄目でしょ。」

先のレーサー気取りの言葉だ。骨の髄までイカレていると感じさせたアイツの言葉とは到底思えず5回ほど聞き返してしまい、そして皆で大笑いしたものだ。

深夜までアルバイトをして、限定解除のために遠く県外まで免許合宿に行った事は、ただの流行病だったとでも言うつもりなのか。半分くらい自分で組み上げたスクラップ・レーサーは、流行病の産物だったのか。高校生には似つかわない莫大な借金をしてまで跨がった空冷モンスター・マシンは、流行病の末期症状だったとでも…。


6年前の暑い日、置き去りにしていた荷物を受け取るために故郷に帰った。9年前に街を出る時、大きな事故のためにスクラップにしてしまった愛車を残したままだった。そいつに再び命を吹き込み、それを駆って東北まで帰る計画だったのだ。

走行距離1,000km。独りで走れば一日で終わる。二人だとしてもたかが知れている。そんな考えから発してしまった「一緒に乗って帰ろう」という気軽な一言のせいで、過酷なペア・ツーリングが始まった。

ペア・ツーリングは想像以上に厳しく、心身へのダメージの蓄積は激しいものだった。決して大きくないタンデムシートに跨がるパッセンジャーは特に辛く、一時間も走れば一息つかなければならない状態だ。

休憩の度に地図を確認する。進んだ距離と残りの距離を比較すると気が遠くなる。最寄りの駅まで行けば、パッセンジャーを降ろす事ができる。だが、まだその選択肢をとることなくエンジンに火を入れた。


色気の無いVツインエンジンの鼓動は軍隊の兵士のようだ。無表情ゆえに感情の起伏が判断しづらいが、黙々と任務を遂行していく頼れるタフガイのようでもある。

静寂の中に響く排気音。大きな都市を通過することもあったが、大半は何も無い国道を進む。夜になれば漆黒の闇が延々と続き、不気味さと寂しさに襲われる。たまに光が射し込むと思えば、後方からパッシングする大型トラックだった。

だが、単車ならではの暖かい出来事もある。立ち寄るコンビニの駐車場の隅で地図を広げていると、色々な人が話し掛けてくるのだ。出発地点や目的地の質問は当然ながら、個人史における単車にまつわるエピソードなども語り出す。

ある交差点の信号待ちで、親子ツーリング中の親父さんと隣り合わせになった。タンデムシートには小学校高学年くらいの息子。60秒ほど言葉を交わし、颯爽と走り去った親父さんの関西訛りが、まだまだゴールが遠いことを物語っていた。


交通量の状況や心身の疲労と相談し、空いている時間帯により多くの距離を走り、混雑時は潔く休む。お陰で予定していた時間を少し超えてしまい、出発から二晩経ち東北地方に突入。

案内標識に書かれた「福島県」の文字が目に飛び込んできた瞬間、ゴールがすぐそこまで近づいていることを実感した。俺達は人目を憚らずに大声で叫んだ。肩や腰に痛みが響いたが、叫ばずにはいられなかった。

だが、長かった旅の終わりが近づけば近づく程、この旅を終えることを心のどこかで拒んだ。あと700km、あと500km、まだまだ遠いと鼻をつまんでいたのに、それすらも愛おしく思えた。辛かった断片は一瞬で喜びに昇華し、達成感だけが残ったからだろう。


今年、妻が退社した。経済的理由から、この単車を手放すつもりでいた。勿論本意ではなく、もう一年、次の車検まで…、と結論が出せないままでいた。まるで、あと千円、もう千円…、と延々とスロットを打つかのように。

ある日、財布を買ってやろうと話した。自分の物を買うよりも、相手への贈り物を思案する方が楽しい。金はないが、俺にはジャグラーがある。きっといつか大勝できるという、頼もしい幻想付きだ。

照れ臭いので、プレゼントは「杭打ち」だと話した。ここ数年は姿を潜めているが、生まれ持っての浮気性が生み出す第二の人格が存在する。今は問題なくても、今後数十年の間には何が起きるのか予測不可能だ。いつ悪さをしでかすのか分からないし、その事態になった時の防衛策としての「杭打ち」だと。

勿論、冗談話として伝えたのだが、答えは「欲しいけど要らない」。理由は「思い出の方が強いから」らしい。物はいつか壊れるし、いつ貰ったのかも忘れてしまう。それより、人生において強烈な印象を残す出来事の方が良い…。本気返事か、まったく冗談の通じないヤツだ。

一番強烈な出来事は単車ツーリング、だから手放すな。そう言われてしまっては、どこかへ旅立たなければならないだろう。行った事の無い街、見た事の無い景色に胸を躍らせつつ、夏の到来を待ち侘びる。


ライダーだった友人は次々に大人になっていった。ヤツが言ったように大人になったら降りるべきだろう。だとすれば、もう少しだけ子どもでも構わない。



事故に注意。さくせん「いのちをだいじに」。




取材ホール/T県H町〜S市H町:【1,000kmツーリング】
プレイ機種/ホンダ製二輪:取材投資 かなりの修理代 回収 単車フェチ1人誕生
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