パチスロ放浪記ロゴ
紳士的賭博観測記録
神出鬼没の変態紳士「やまさん」が贈る脳汁全開コラム。日夜「取材」と称しホール徘徊に勤しむ高純度のスロ中毒者。もしかすると、今夜あなたのホールに訪れるかもしれません。
「紳士的賭博観測記録」 vol.76(07.11.22 UP!)

【最も速き存在】

うぅ、さぶい。

こちらトーホグでは、もう雪が降っております。

子どもの頃は、雪が降るたびに大はしゃぎしていましたが、チ●毛が生え揃う頃には「雪」という存在が疎ましく思えていました。

中学生という青い時代、私は自転車を用いて通学しておりました。暑くても、寒くても、いつ何時でも自転車通学です。雨の日だって、カビの生えたクリーム色の雨合羽を着て疾走しました。

ところが、ひとたび雪が降ると、自転車のポテンシャルを発揮できないんですね。中学生が使用する自転車なんてものは、細く頼りないタイヤに、唯一の自慢が三段変速ギアというチャチな代物じゃないですか。マウンテンバイクのような極太タイヤならば、雪道だってモリモリと走ることができるんですけどね。

雪という存在は最初から最後まで厄介な存在でした。降り始めは視界が悪く、降り終わっても道路には水分を含んだ雪が残っています。この残った雪がくせ者でして、滑る危険性はもちろん、その雪を車が跳ね上げるものですから、頭からひっかぶることが頻繁に起こる訳なんです。

泥が混ざった雪を浴びせられたら、誰だって怒るじゃないですか。渾身の雄叫びをあげるじゃないですか。「いかにも」といったデコレーショナブルでアッパッパーな改造車には何も言えずに泣き寝入りするしかなかったんですけど、軽自動車とかが相手なら、全力で罵倒してしまうのが人情です。


「ぐぉるぁ〜! この腐れチ●ポコぉ〜!! 降りて来んかい!!!」


でもね、本当に恐い人って、意外にも軽自動車にも乗っていることが多いんです。降りてきたのは、見るからにアレなアレでして、もうね、僕のアレもマイクロですよ。最先端技術を駆使した超小型化ですよ。まぁ、寒さで縮んだという可能性も否定できませんがね。


「う〜ん? ボクたち、何か言ったかい? 車の中だったから、よく聞こえなかったんだよね〜。もう一度言ってごらん?」


この異様に優しい言い回しが余計に恐い。


「え? え? ぼ、ぼくはなにも言ってませんけど…」


すると、そのアレでアレなお方の表情が、見る見るうちに鬼のような形相に変わっていくではありませんか。実物の鬼を見たことはありませんけど、もしも鬼がいるとしたら、きっとこんな顔なんだろうなと、妙に納得しながら必死に逃げるのでした。

そんな苦い経験もあり、どうにもこうにも雪が好きになれない私ではありますが、今年も雪が降ってしまいましたね。時の経つのは想像以上に早いもので、あと一月もすれば年越しです。

おっとっと、年越しの前に重要なイベントがあるじゃないですか。「チ●ポの恋人、ミギテ」の方には拷問とも呼べる、聖なるイベント「クリスマス」がやって来るではありませんか。

そういえば、ちょうど一年程前にクリスマスに関する記録を執筆しましたね。一年という時も、過ぎ去ってしまえば昨日のような感覚ですね。確かあの時は、幸運にもジャグラーで5万円勝ちを収め、クリスマスプレゼントに「グッチの時計」を買ったんです。暇な人は、去年の記録でもモリっと見てください。

でも、今年は「スロット氷河期」の真っただ中です。去年のような奇跡を信じて、無謀な勝負を挑むことなんて私にはできません。今、スロットを打とうものなら、ありとあらゆる体毛を毟り取られ、永久脱毛する手間が省けて…、全然嬉しくない。

しかしまぁ、時の経つのは早いもので、ついこないだ成人になって「堂々と居酒屋に行ける」とか、「卑猥なお店でフンガフンガできる」とかって喜んでいたんですけど、そんな私も気付けば30歳という境界線が迫ってきているのですよ。それなのに、今日もこんなクソみたいなことを書いていて、本当に情けなくなるというものです。

子どもの頃に想像していた大人像って、もっと大きくて、偉大で、万能感に満ちていたんです。何でも知っていて、何でもできて、お金持ちで、美人と結婚できて、チ●ポも大きい。それが「大人」ってヤツだと信じていたんです。

ところが、いざ自分が「大人」と呼ばれる年齢になってみると、そんな立派な要素なんてものは微塵も搭載されてなく、子どもの頃となんら変わることのない自分が存在するんですね。唯一変わったことと言えば、毛が生えたくらい。

そりゃね、表向きは大人ぶってますよ。年相応に振る舞ったり、意図的に小難しい言葉を選んだり、一晩に一回しかアレができないことを歳のせいにしたりと、様々な面で「大人」を演出しているだけに過ぎないんです。でもこれは、時間の経過する速度が早過ぎて、私自身の成長が伴っていないだけなのかも知れません。


時間の速度という概念は、人それぞれの中にあるものですが、時間というものは誰にだって平等に存在するものです。人は、生まれながらにして不公平です。国籍、性別、家庭、身体的特徴、あらゆる要素が全く同じ状況の人間はいません。

しかし、時間だけは誰にでも平等で、公平な存在です。どんな力を持ってしても、一日を25時間にすることは不可能です。時間を売ることも、買うこともできません。人間の手では、どうすることもできないものなんですね。

ですから、タイムスリップを題材にした夢物語が次々と登場するのでしょう。「時間」は絶対であり、それを操ることが人類の最大の夢なのかも知れません。

時間を無駄に使うことは、万物に与えられた唯一の公平なるものを無駄にすることです。そんなことがないように、時間を有効に使いましょう。


あ、この記録も無駄なのかも…。ほっといてください。




取材ホール/取材ホール/S市A町:【Z】お宝探検の活動限界です
プレイ機種/まごころって何?:取材投資6,000円 回収0円
けんさん・やまさん パチスロ放浪記/Copyright(c)2006 Kensan & Yamasan All rights reserved.