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紳士的賭博観測記録
神出鬼没の変態紳士「やまさん」が贈る脳汁全開コラム。日夜「取材」と称しホール徘徊に勤しむ高純度のスロ中毒者。もしかすると、今夜あなたのホールに訪れるかもしれません。
「紳士的賭博観測記録」 vol.85(08.02.08 UP!)

【並行世界】

時計の針が、午前10時を少しまわったあたりを差している。盤面に対する針のバランスがすこぶる良い、などと関心している場合ではない。今日も遅刻だ。

脇目もふらずに自転車のペダルを踏み込む。

数年間往復している通い慣れた道。信号機の切り替わるタイミングは身体に染み込んでいる。この区間を急いで通過しなければ、次の信号も待たなくてはならない。

この信号をギリギリのタイミングで突破できれば、およそ3分の時間短縮が可能だ。出社時に突き刺さるスタッフの視線を、いくらかは和らげることができるだろう。

そう安堵した瞬間、住宅街に通じる小道から勢い良く子どもが飛び出してきた。


「危ない!」


強引に車体を傾け、飛び出した子どもを回避する。間一髪のところで衝突を避けることができた。しかし、無理のある軌道修正を行った結果、車体はコントロールを失い、私はガードレールに激突してしまったのだ。


「おじさん、だいじょうぶ?」

「(お、おじさんですか…、しかしここは笑顔で…)えぇ、問題ございませんよ」


自転車を引き起こし、発進しようとすると妙な違和感に包まれた。自転車から一度降り、車体を確認してみると、後輪のリムが歪んでいるではないか。仕方なく押して歩くことにした。

絶望的な大遅刻だ。社内における信頼は地に墜ち、もはや地中にめり込む勢いだ。こうなっては、お詫びの「ドリンク差し入れ攻撃」にも、たいした効果は期待できない。


こっそりとドアを開け、忍び込むように事務所に入る。可能な限り足音を立たせず、慎重に歩みを進めなければならない。そう、スタッフの神経を刺激するような真似は、決してできないのだ。


「どうしたんですか? 洋服が汚れていますよ」

「あわわわ、こ、これはですね。カクカクシコシコ…」

「えぇ〜、それは大変でしたね。気を付けてくださいね」

「(あれ? どうしてそんなに優しく接してくれるの?)」


不思議に思いながらもデスクに辿り着くと、お客様からの連絡事項が記されたメモが1枚。なにやら「至急連絡が欲しい」とのことだが、このお客様はデザインに対する要求レベルがとても高いと評判だ。深呼吸をした後、恐る恐る受話器を手にした。


「おぉ〜、やまさん。今回のデザイン、とっても良かったよ。まさにグッドデザイン賞だよ」

「え、え、え…。そんなバカな、おいちょカバな…」


褒められることの少ない私にとって、このような事態は快挙と呼べるだろう。しかし、胸の奥に靄がかかったようにスッキリしないのは何故だろう。

悶々としたまま日が暮れ、仕事に集中できない私は早々に退社した。こんな日は気を紛らわすためにパチンコでも打つのがベストだ。何も考えずに、銀玉の行方を眺めてさえすれば良いのだ。

「スパーク」しない例の店に入り、何も考えずに「海物語」を打つ。3回転ほど回すと、突如魚群が出現した。今までの経験からすると、早々に現われる魚群はハズレばかりだ。さほど期待しないままリーチアクションを眺めていると、エビで大当たり。

そのまま当たり続け、あっという間に5万円を手に入れた。

どうして今日はこんなにもハッピーなんだろうか。いつもの不幸っぷりを哀れんだ神様が、今日という日だけは味方してくれているのだろうか。


「よし、もう一勝負といくか」


次に向かったホールは、幸か不幸か判断のつかない名の「H」。ハッピーなど微塵も感じられないパチンコ店だが、今日の私は不幸を一切受け付けないのだ。どのような低設定台でも、勝利できるという自信がみなぎっている。

久しく打つことのなかった「ニューオアシス」へ向かうと、一人の男が大勝ちしている。黒いジャケットに濃紺のデニム。私の服装と酷似している。

不意に男が立ち上がり、私の立つ所へ向かってくる。その男と目が合った瞬間、私の呼吸が止まった。


「遅かったな」


私に向かってそう告げた男は、私と瓜二つだった。気が動転して身動きの取れない私に、男はさらに語りかける。


「そんなに驚くことはないだろう。オレは、お前自身なんだからな」


意味が分からない。こいつは狂っているのだろうか。それとも、私が狂っているとでもいうのだろうか。


「まぁ、お前はここには存在していないし、もちろん、オレも存在していないがな…」


ますます意味が分からない。私が事態を飲み込めていないこと察したのか、男はさらに続けた。


「いいか、ここはお前の妄想の世界だ。社員が優しいことも、クライアントに褒められることも、博打に勝つことも、全てお前の願望が生み出した妄想の産物なのだ」


そんなバカな、おいちょカバな…。つい先ほど、換金所で5万円受け取ったのだ。それは確かに紙幣だったはずだ。

そう思い、慌てて財布を取り出すと、受け取ったはずの紙幣は「ドリンクバー30円引き」という紙切れに変貌していた。しかも、よく見ると期限が切れている。これでは単なる紙くずだ。


「さぁ、お前の打ちたかった最高設定のニューオアシスだ。気の済むまで打ち倒し、気の済むまで出しまくれ。時間なんか気にすることはない。好きなだけ、ここに居ていいんだからな…」


私の身体は、最高設定のニューオアシスに吸い寄せられた。そして、席に付こうと思った瞬間、自動車のクラクションの音がけたたましく鳴り響いたのだった。


耳を劈くその音に正気を取り戻すと、私は自転車と共に倒れていた。車道には幾多の自動車が行き交い、至るところでクラクションが鳴らされている。

体中に走る痛みを堪えながら上半身を起こすと、あのとき飛び出してきた子どもが私を見つめている。


「ば〜か」


うん、そうこなくっちゃ。



たかが自転車、されど自転車。安全運転を心がけましょう。




取材ホール/S市I町:【H】やっぱり不幸だ
プレイ機種/ニューオアシスとか:取材投資7,000円 回収0
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